mindscape blog
by mindscape-ltd
<   2008年 08月 ( 2 )   > この月の画像一覧
mindscape travel_02
#02 ポートラックハウス

スコットランド南部、ダンフリーズという街の郊外に、チャールズ・ジェンクスがデザインした、1年に一日だけ公開される、とても魅力的な庭園がある。
a0073387_1713351.jpg
ジェンクスと言えば、一般には「ポストモダン」という言葉を流布した建築評論家として著名である。しかし一方で、彼は、ランドスケープの実践においても、興味深い足跡を残している。ジェンクスの著作で、邦訳のある「複雑性の建築言語」の中に断片で紹介され、「The Garden of Cosmic Speculation」(日本語では未訳であるが、多数の写真が掲載されている)において詳細が明かされた「ポートラックハウス」である。元来は、ジェンクスの後妻である、スコットランド人、マギー・ケズウィックと共同で構想した庭で、この場所も、マギーの両親の所有となっている。

マギーは、中国庭園の研究家であったと同時に、自身が乳癌で余命宣告をされた経験から、癌患者の精神的フォローをする施設の設立を構想、1995年、マギーは他界するが、その後ジェンクスが遺志を継ぎ、施設はマギーセンターとして、現在イギリス内4カ所に設立されている。
a0073387_17164866.jpg
「ポートラックハウス」の年に一度の公開は、マギーセンターへのチャリティーでもある。今年は生憎の天気であったが、実に多くの人々で賑わった。かなりエキセントリックにも見えるし、広大な敷地に激しい起伏、ぬかるむ園路の連続であるが、多様な世代と風貌の人々、特に多くの年配の方々が愉しんでいる様子は、庭園文化を支えるイギリス風土としてとても頼もしい。
a0073387_17144755.jpg
a0073387_17143212.jpg
a0073387_17152688.jpg
ジェンクスのテクストのような庭:

ジェンクスの著作は、どれも、単に既往の建築状況を分析・批評しているというより、さすがに「ポストモダン」理論を起動させた張本人ただけに、並の建築家やデザイナーよりも、数歩も先を行くような先見性と創造性を内蔵している。文章全体を支配するパワーと、ある種の楽観主義的雰囲気が、ビジネス書を読むかのような前向きなビジョンと活力さえ与える。ジェンクスの著書は、建築学の歴史書というよりも、未来書であって、自在に学術領域を横断し、自然科学から社会学、政治学にまで思考回路を巡らせ、建築の、そして社会の断面を明快に炙り出す。そして、建築やデザインを下手に規定し、定義することはなく、細部の精密さや洗練性よりも、もっと大局を追跡して行くのだ。建築の解析は、建築家の意図の深読みというよりは先読み、先の先読みによる跳躍(ジャンプ)を繰り返す。まさにジェンクスの文章こそが、ポストモダンよりも、よほど先のユニバースを見据えているということだ。
a0073387_17151347.jpg
それと同様、ジェンクスのこの庭も、楽観性とエネルギー、さらに奔放さと拡張感に満ち溢れ、訪れる人は、精緻なディテールなど気にせずに、大胆なフォルムが踊り、多様性に富むこの迷宮を純粋に愉しむことが出来るはずである。大きく延ばして捻られたような丘、渦を巻いて高くそびえる丘、大木の周りで踊る市松模様の床、DNAと題された二重螺旋構造を持つ金属の彫刻、真っ赤な太鼓橋とそこから伸びる縦横にうねる通路、サークル状に置かれた切り株などなど、ヨーロッパのランドスケープ、庭園の系譜上、これほど遊戯性の突出している庭は、かなり珍しい。
a0073387_17155780.jpg
イギリスやヨーロッパのランドスケープにおいては、ヨーロッパの庭園デザインの伝統とモダニズムを綿密に結合させた、ジェフリー・ジェリコの業績や、「公共性」を大義とするランドスケープが大きく影をつくり、「大人の優雅さ」もしくは「静寂」、その中のちょっとした「ユーモア」、あるいは伝統にラディアルに対峙する「クールな前衛」(例えばラビレット公園)、加えて最近では、West8、エンリケ・ミラーレスお得意のシニカルな子どもっぽさ(あくまで戦略的な)、巧みに「自然」を装う素朴さ(これも戦略的)、といった流儀が、判り易いメッセージを発しているのが常である。しかし、ジェンクスのこの庭は、そのいずれにも当て嵌まらず、いわば、カルフォルニア流の乾いた造形的遊戯を徹底している。ジェンクス自身(カリフォルニアをひとつの拠点としつつ)、グローバルな視野を持ち、ランドスケープや庭園史という狭い世界の系譜など殆ど意に介さず、広くデザイン(造形)や、より大局の世界の中にこの庭を置いていることは明らかである。
a0073387_17134969.jpg
この庭は、秩序を持つとも持たぬともおぼつかない、宇宙の塵の断片のようなアイデアが、広大な敷地の中に大小様々なスケールで散乱しており、回遊する人々は、収束点が見えないままに個々のアイデアの豊かな表情を、ただ純真無垢に愉しむしかない。それを可能にするのは、確かにジェンクスの優れた構想力と造形力であろう。素材やディテールの荒っぽさ、過度に洗練されない形態は、むしろ心地よく全体の勢いに回収されている。多少に不可解なロジックであっても、強烈にユニークなフォルムの数々が、子どもに還ったように、思わず丘を駆け上がり、次の仕掛けを期待して森の中に足を進めて行ける。これは、極めて現代的な、そして同時に根源的な「庭」である。
a0073387_1715051.jpg
そしてやがて、ふとした瞬間に我に返れば、この不思議と柔らかい雰囲気を持った庭の延長に、雄大なスコットランドの田園風景が確かな存在感で現前していることに気がつく。この一見不揃いで相互に無秩序な、ジェンクスの仕掛けた思考の断片の数々は、この雄大なスコットランドの環境の中に柔らかく包まれて、ある一定の全体感(宇宙)を体現してしまっている。おもちゃ箱をひっくり返したような、極限のエントロピーのような印象を和らげるのは、周囲の木々、土、丘、水などが、より寛容な力をもった原初的な風景として、優しく、そしてさり気なくジェンクスの思考の欠片を包み込んでいるからに違いない。
a0073387_1714045.jpg
グローバルな視点に、ユニバーサルな思考をもつジェンクスの、重力から解放されたようなコスミックな造形が、スコットランドの田園の中に着地し、その周囲の瑞々しく雄大な自然環境に依存しながら戯れている、そんな庭である。
a0073387_1716723.jpg
(yng)
[PR]
by mindscape-ltd | 2008-08-29 17:28 | travel
mindscape travel_01
パレ・ロワイヤル 菩提樹の高垣
a0073387_19554558.jpg

a0073387_19534311.jpg

a0073387_1954769.jpg

a0073387_1954312.jpg

(yng)
[PR]
by mindscape-ltd | 2008-08-28 19:58 | travel


link
Mindscape
以前の記事
ブログパーツ
ライフログ
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧