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GREEN PARK 駒込染井坂ランドスケープ
ランドスケープのデザイン監修を行った駒込のマンションが竣工。真夏の植栽工事で、植栽も少々バテ気味だが、これから、それぞれの植物がここにしっかり根を張って、成長してくれるはず。エントランスホールの水盤は、日々穏やかに住民たちを送迎し、アプローチのアカバナトキワマンサクの生垣は、来年春に一面ピンクに。しっとりとした建物のブラウンのレンガの壁面を背景に、その一時期だけ主役に躍り出るはず。他にも、江戸時代植木の圃場として栄えた、この地を偲ばせるように、ボクハンツバキ、ベニシデコブシ、紅花ヤマボウシ、ハクウンボク、イロハモミジが、代わる代わる人の目を楽しませてくれるはず。
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by mindscape-ltd | 2010-08-27 14:37 | project
mindscape travel_19 愛嬌のある巨人
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バオバブの森に関して、最近環境問題に絡めて象徴的に取り上げられることが多い。つい先日も、NHKで、海外のニュースの紹介として取り上げられていた。曰く、周囲の焼き畑や水田開発などにより、環境が圧迫され、バオバブが絶滅の危機に瀕している、と。こうしたニュースには、常に耳を傾け、状況を少しでも理解したいとは思っているが、自分が客観的に様々な状況やデータを検証した訳でも、出来る訳でもなし、過去との比較すらも出来ないので、すべて鵜呑みにする気にはなれない。樹齢800年を超えると言われるバオバブの木が密集するこの林が失われるようなことがあったら、取り返しのつかない悲劇であるが、その危機の信憑性に関しては、バオバブの木にまつわる様々なお伽話と同等に、神秘的な物語の現代版の一節と捉えるしかない。物語は不可侵なものであるが、事実かどうかは誰にも分からないもの。
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僕がここを訪れたのは2001年の1月。ガイドを伴い、近傍の都市モロンダバから数時間悪路を4WDのジープに揺られて辿り着いた。モロンダバは、夕陽が美しいことと海産物が豊富であることが有名であるが、前日調子に乗って、その夕陽を眺めながら食べたカニがどうも中って、最悪の体調の中出かけることになった。でもやはり、着いた途端に、体調のことなどほぼ忘れ、何時間もひたすら付近を歩き回り、幹の直径が軽く3mはある、この木々に近づいたり遠ざかったりしながら、その風景に圧倒されまくった。季節柄か土地柄か、たまたまか、定かではないが、雲の動きがとても速く、滞在した数時間の中で、青空が広がったかと思えば、雲が立ちこめ、今にも雨が降りそうになったりと、天気の変化が激しい。しかし、青空の下で堂々と直立した木々を眺めても、灰色の雲が立ちこめた曇り空の下で、少し彩度を落として見ても、いずれもが絵になる。むき出しの茶色い土、草原、鬱蒼とした潅木の林、水田など、どれを背景に捉えても、美しく見える。しかし、単に調和しているとは言えない。むしろ、異質な存在感をムキ出しにし、周囲に対峙するように見えているところが、このバオバブの大きな特徴であり、誰もが魅力をそこに感じているはずだ。サバンナ的な風景の中に、唐突に愛嬌のある巨人が立っているのだ。その愛嬌の良さにうっとり見とれてしまうのだが、どうしてもこの巨大な植物とその風景を自分の中で消化できたという感じが持てない。どこか相手にされていない感じが付きまとう。かつて写真でしか見たことのない理想の人に、実際に会ってみて、予想通りだったと思える反面、どこか自分との接点が見いだせず、気後れし、あまり話が盛り上がらなかった、という感覚であろうか。やっとの思いで辿り着いたのに、逆に遠ざかった気すらする。この風景を見たことによって、かえって信じられなくなったような気分である。もっと相手のことをよく知って出直したい気分である。
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来る前は、ここが人里遠く離れた場所かと思っていたが、意外と周囲には素朴な集落が点在し、子どもなど人も多い。観光客慣れしているのか、愛想良く近づいてくる。バオバブ街道と呼ばれる未舗装の道は、バオバブを並木にして中を突っ切り、遠くへ伸びる。集落はそこから少し奥まった場所に意図的に置かれているようだ。実は、その前日、飛行機でアンタナナリボこらムロンダバに飛んだ際、ガイドブックの指南に従って飛行機の右の窓際に席を取り、ムロンダバ着陸間際に、上空からここの場所を眺めることが出来たのだ。サバンナっぽい草原の中からバオバブが頭を出している風景、水田が迫っている様子、近くにとんでもない巨大なサトウキビのプランテーションがあることは分かった。しかし、地上から見ると、サトウキビ畑は殆どその存在が分からず、水田もそれ程バオバブに近接した感じはしない。バオバブと人の活動域は、適度に距離が保たれているように見える。1本だけ、葉を着けていない枯れたようなバオバブは確かにあったし、幹が部分的にはぎ取られたもの、観光客の仕業とおぼしき幹への落書きも痛々しく気にはなった。しかし、我々に同行した、植物に詳しいとてもインテリジェントなガイドの説明では、周囲の水を奪い緑を枯らすのはバオバブの方で、だから水田は、わざわざその近くに作る必要はない、と。
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by mindscape-ltd | 2010-08-27 11:23 | travel
グリニッジ、ミレニアムパーク
フランス人ランドスケープアーキテクト、ミッシェル・デスバインのランドスケープには不思議な重力が宿っている。地面の力を過度に感じるような重力ではなく、かといって、すごく軽やかなわけでもない。重心はやや低めにあるように思えるが、植物たちが地にしっかりと根を張っている感じがしない。しかし、そのシンプル極まりない植生の中に不思議と生命感と多様性を予感させる。また、水平方向への拡がりを感じさせるかと思えば、どこか有限的な終わりが見える気がする。そして、トポロジカルな関係性は、確信犯的に消されている。芝生という素材は、恐らくこうした感覚を表現するのにもかなり適しているのであろう。通常大面積の芝生がつくり出す、開放感があるべきスケール感も、デスバインの手に掛かると、どこか矮小化された感じを受け、ここがロンドンであるとは到底思えない。残念ながら写真では、この感じは十分に伝わらないかもしれませんが。

デスバインの追い求める「中間的な自然」とは、人間の知覚で感受する重力やスケール感とは別の次元の空間感を喚起しているに違いない。
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by mindscape-ltd | 2010-08-23 21:17 | 芝生ランドスケープ
mindscape travel_18 インドでリバサイ
最近知り合った建築家の内山章さんが、東京大田区の多摩川沿いを「リバサイ」と称して、川に向いたライフスタイルを提唱しておられて、僕自身もそのただ中に居を構える身として、勝手に影響を受けつつ、勝手にイメージを膨らませたりしている今日この頃である。しかし、川について考えれば考えるほど、どうしてもここではなく、あそこの川のあの場所で味わったあの強烈なイメージが蘇ってきてしまう。川が日常的でありながら非日常的なパワーに満ちているあの感覚。自分の中の究極のリバサイは、やはり、あれしかない。

僕もいろいろなところを旅行する中で、何度となく川や水辺に引き寄せられてきたことを思い出すが、あそこほど、川自身が特別なエネルギーを持っていて、特別なオーラを発している場所は他にない。まさにライフスタイルそのもの。いや、ここではスタイルという言葉は軽薄過ぎる。ライフが宿っていることは確かにせよ。スタイルは全く規定されておらず、むしろ極大の包容力を持っているのだ。
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ヒンドゥー教、仏教両宗教の聖地、釈迦が初めて説法を行ったとされるところの傍、国中の人々が沐浴に訪れ、さらにここで死を待つ人たちが大勢いるとされる。ここで死す者輪廻から解脱出来ると言い伝えられ、火葬場があり、その遺灰をこの川に流すことが、死者に対する最高の敬意とされる。生と死が同居し、最貧民から大金持ち、世界中からの観光客、様々な動物まで、ありとあらゆるモノが集結する場所。水が綺麗か汚いか、川辺の空間が格好いいか悪いか、そんなことを全く超越した場所。

20代の僕は、藤原新也の本に軽く触発され、「地球の歩き方」をバイブルのように握りしめ、お気軽な旅行気分でインドに飛び立った。最初に訪れたコルカタ(当時はカルカッタと呼んでいた)の駅前で、ゴミかと思うような人が一面ビッシリ駅舎の大空間に寝転がっている光景を目の当たりにし、足がすくみ、それから数日間、本当に来たことを後悔するようなことばかり続き、十分なインドの洗礼を受けた後、逃げるように夜行列車を乗り継ぎ、早朝夜明け前のワーナラーシー・ジャンクション駅に降り立った。そう、バイブルの「地球の歩き方」によると、夜明け前にここに着き、日の出を拝むのが流儀。が、次の瞬間に、またしても人の大洪水にわっーと呑みこまれ、鋭い目線でたかってくる物乞いやら子どもやらリクシャーやら、野良犬やらとを必死で振り払いながら、何とか前に進むも、気がつけば人の流れに身を任せ、一巡礼者となって川に向かって、真っ暗な道を黙々と何十分も歩き続けていた。

その道中は、恐怖心と好奇心が体内で格闘し、頭の中ではバイブルに書かれていたことを思い返し、先々での行動をイメージトレーニングしながら、胸騒ぎを抑えるのに必死となった。しかし、川に着いた途端、何とも言えない、とてつもない包容力のある、柔らかいモノに包み込まれ、今度は虚脱感と安堵感が交錯する不思議な感覚に陥った。川は夜明け前で真っ暗闇であったにも関わらず、人々がボートを探しはじめたり、着替えて沐浴準備に入ったりしている。

もはやバイブルに記された行動規範を全て忘れ、しばらくじっと川辺に佇んで、真っ暗な中、黒いモソモソ動く影だけを見ていた。やがて川の左手方向がうっすらと明るくなり、太陽が昇りはじめ、そこで初めて周囲の全容が見えてきた。何とも穏やかな世界。聖地というのは、もっと荘厳で畏怖の念を抱くような近寄り難い場所かと思いきや、意外にも極上のリゾート地のようなリラックスした雰囲気が漂い、人々の表情は至極柔らか。相変わらずの物乞いやら物売りの執拗な攻撃を受け続けたが、もはやこちらも寛容に微笑みながらそれらを追い払う、という余裕が生まれていた。
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気を取り直し、バイブルの指南に従って、今度は小舟に乗り船上から陸を眺める。皆それぞれに、沐浴をし祈りを捧げる人、体中泡だらけになって洗ってる人。その横の岸辺で寝そべる人。グループで歓談する人、一人ボーッとする人。乞食、花売り、全くもって何をしているか分からない人。牛や犬や猿までもが紛れている。このように実に様々な人、動物と各々の行為を、どれも全く違和感なく包み込むことの出来る、スゴイとこだ。

僕はそもそも、インドに来て、ムガル時代のカッコイイ城や宮殿の建築やら空間やらのデザインを見て、それがその先のデザインを考える上での肥やしになるのでは、といったことを考えていた。デザインは、空間を秩序立て、奇麗に整え、時に秩序に反するものを排除するような行為かと考えていた。しかし、この場所のこの状況を見ると、どうもその考えは根本的に間違っていたようだ。
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by mindscape-ltd | 2010-08-19 18:37 | travel
都市・建築ワークショップ&レクチャー
知人の緒方恵一氏と安齋哲氏によるワークショップのお知らせです。

都市や建築を創造的、かつアーティスティックに考察する試みで、今回のテーマは「映像言語」。映画・映像の言語を用いて、各自が見出した都市の断面を編集(EDIT)し、ひとつの物語を(NARRATIVE)つくるワークショップです。レクチャーもあります。都市工学、建築、美術および文学などを専攻する大学生、院生、社会人など10名程度を募集しています。デザインの経験の有無や、都市・建築の知識は問いません、とのこと。映像編集、英訳、通訳、ワークショップアシストなど、ボランティアをしてくださる方も同時に募集しています。

ワークショップ参加申し込み・お問い合わせは、HOUSE OF TOMORROW、安齋さんまで
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by mindscape-ltd | 2010-08-16 11:32 | info
きたまちしましま公園
日本芝と西洋芝でしましまをつくっています。冬になると、日本芝は枯れるので、コントラストがくっきり。夏になると縞模様が微妙な差に。設計は、我が師匠、上山良子氏

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以上は、冬の様子。緑の部分が西洋芝。茶色く枯れているのは日本芝

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下2枚は夏の様子。色がやや濃いのが西洋芝、薄いのが日本芝
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by mindscape-ltd | 2010-08-10 21:14 | 芝生ランドスケープ


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