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by mindscape-ltd
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ヴィランドリー城の菜園

ロワール河一帯に点在する中世の城館のひとつ、日本人にもたいへん人気の観光地である、このヴィランドリー城は、1536年、フランス国王フランソワ1世の財務大臣を務めたジャン・ル・ブルトンによって築城されるも、付属する露壇型のルネサンス様式の庭園がツーリストをことのほか来訪者を楽しませている。「菜園」を十文字など整形区画に栽培する手法も、中世の修道士の伝統そのものであるから、中世からルネサンス期の遥かな時間軸を遡るのに絶好の空間であるかに思われる。しかし、この庭園の解説を丁寧に読むと、20世紀初頭に大規模な造成工事がなされ、現在の庭がデザインされ、つくられたということが記されている。
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整形の区画の中にボックスウッドのマッシブでシャープな塊と、その中に繊細かつ多彩に、そして生き生きと育つ、野菜や花々。この厳格かつ精緻な構成、作りと、その維持には、全く感服するしかない。野菜の苗をこれほど嘆美に見せる庭はほかに例がない(日本の畑でも、精緻な畝の造りに時々感心することはあるが)。もちろん、野菜であるから、春と秋に2回の植え付けと収穫をイベントとして執行し、その野菜は、訪問客にも振舞われるという。赤キャベツ、青色の葉のニンジン、大葉のテンサイなど、葉の色彩、大きさ、形状、テクスチュアの差を丁寧に区分し、レイアウトしている。またこの配植は、連作障害を避ける為に毎年変えられているのだ。
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緊張感さえ漂うこの庭を維持するのは、10名のフルタイムの庭師に、植え替え、刈り込み時の数名の臨時の庭師である。ヴィランドリーに限らず、フランスの多くの庭園は、政府の補助と一般の寄付を交えて、ギリギリに維持されているところが殆どとのことであるから、歴史建造物や庭の存在とは、何とも繊細なものであろう。長閑で平穏な世界を堪能する来訪者は、とてもあやうく、贅沢な時間を過ごしている、ということになる。
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16世紀以降、ブルトンの子孫が長らく所有してきたこの地を、スペイン生まれの医師、ジョアキム・カルヴァロが買い取り、現在の城と庭の原型をカルヴァロ自身の知見と理想によって造り変えているのだ。それまでの庭はもっと小規模で、その時々の流行を取り入れ、風景式庭園があった時代もあるという。カルヴァロは、ルネサンスという精神性にこだわり、庭を露壇型に造成すると同時に、各レベルに異なるコンセプトの庭を計画する。また、「愛の庭」と呼ばれる城館南側のチューリップの咲く庭は、知人のスペイン人アーティスト、ラザーノに依頼し造らせる。しかし、一番大面積を占める「菜園」の方は、ほぼ自身の手によってデザインし、1918年に完成させている。
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そう判って見直してみると、イタリアの往時ルネサンス期からある庭園より、擁壁の石の張り方、階段のつくりも遥かに新しく、近代的な精度である。またこの極度に洗練された幾何学形状も、モダニズムが隆盛するその時期のメンタリティの一面を体現しているようにも思える。ルネサンス庭園が持つ強固な軸性や、中世の庭園のような内向的な求心性も感じない。
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ルネサンス露壇型庭園に特徴的な異なる視線の高さから庭を楽しむことの出来るという視点移動は、確かに全体の主要な構成をなすが、そのもっと先には、更に真上からの俯瞰的な視点と、無限に拡張する近代のグリッドシステムのような指向性すら内包しているように感じる。

そしてこの拡張性は実際、子どもの遊び場に供する「芝生広場」や、「クマシデの迷路」などがつい近年に追加されていることからも、実践されているのだ。城館や庭の設備の修復、日々の刈り込みや植え替えなど、歴史建造物ゆえのオリジナリティの尊重に加えて、植物の成長と同時に、庭自体の変化と進化を許容すること、これがこの庭の生命維持システムなのである。
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20世紀初頭につくられたルネサンス様式ということを意識して見ている人は恐らく稀であろう。庭園を目の前にして、歴史を辿り、悠久の時間に思いを馳せる、史実と無垢なツーリズムの倒錯は、ついぞ陥る罠である。敢えてその術中に嵌って、十分に楽しむことが出来たとしたら、それは、デザイナーなり、オペレーターなりが優れている証左であり、素直にそれを賞賛すれば良いのであるが。
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(yng)
# by mindscape-ltd | 2008-09-01 22:51 | travel
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#02 ポートラックハウス

スコットランド南部、ダンフリーズという街の郊外に、チャールズ・ジェンクスがデザインした、1年に一日だけ公開される、とても魅力的な庭園がある。
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ジェンクスと言えば、一般には「ポストモダン」という言葉を流布した建築評論家として著名である。しかし一方で、彼は、ランドスケープの実践においても、興味深い足跡を残している。ジェンクスの著作で、邦訳のある「複雑性の建築言語」の中に断片で紹介され、「The Garden of Cosmic Speculation」(日本語では未訳であるが、多数の写真が掲載されている)において詳細が明かされた「ポートラックハウス」である。元来は、ジェンクスの後妻である、スコットランド人、マギー・ケズウィックと共同で構想した庭で、この場所も、マギーの両親の所有となっている。

マギーは、中国庭園の研究家であったと同時に、自身が乳癌で余命宣告をされた経験から、癌患者の精神的フォローをする施設の設立を構想、1995年、マギーは他界するが、その後ジェンクスが遺志を継ぎ、施設はマギーセンターとして、現在イギリス内4カ所に設立されている。
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「ポートラックハウス」の年に一度の公開は、マギーセンターへのチャリティーでもある。今年は生憎の天気であったが、実に多くの人々で賑わった。かなりエキセントリックにも見えるし、広大な敷地に激しい起伏、ぬかるむ園路の連続であるが、多様な世代と風貌の人々、特に多くの年配の方々が愉しんでいる様子は、庭園文化を支えるイギリス風土としてとても頼もしい。
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ジェンクスのテクストのような庭:

ジェンクスの著作は、どれも、単に既往の建築状況を分析・批評しているというより、さすがに「ポストモダン」理論を起動させた張本人ただけに、並の建築家やデザイナーよりも、数歩も先を行くような先見性と創造性を内蔵している。文章全体を支配するパワーと、ある種の楽観主義的雰囲気が、ビジネス書を読むかのような前向きなビジョンと活力さえ与える。ジェンクスの著書は、建築学の歴史書というよりも、未来書であって、自在に学術領域を横断し、自然科学から社会学、政治学にまで思考回路を巡らせ、建築の、そして社会の断面を明快に炙り出す。そして、建築やデザインを下手に規定し、定義することはなく、細部の精密さや洗練性よりも、もっと大局を追跡して行くのだ。建築の解析は、建築家の意図の深読みというよりは先読み、先の先読みによる跳躍(ジャンプ)を繰り返す。まさにジェンクスの文章こそが、ポストモダンよりも、よほど先のユニバースを見据えているということだ。
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それと同様、ジェンクスのこの庭も、楽観性とエネルギー、さらに奔放さと拡張感に満ち溢れ、訪れる人は、精緻なディテールなど気にせずに、大胆なフォルムが踊り、多様性に富むこの迷宮を純粋に愉しむことが出来るはずである。大きく延ばして捻られたような丘、渦を巻いて高くそびえる丘、大木の周りで踊る市松模様の床、DNAと題された二重螺旋構造を持つ金属の彫刻、真っ赤な太鼓橋とそこから伸びる縦横にうねる通路、サークル状に置かれた切り株などなど、ヨーロッパのランドスケープ、庭園の系譜上、これほど遊戯性の突出している庭は、かなり珍しい。
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イギリスやヨーロッパのランドスケープにおいては、ヨーロッパの庭園デザインの伝統とモダニズムを綿密に結合させた、ジェフリー・ジェリコの業績や、「公共性」を大義とするランドスケープが大きく影をつくり、「大人の優雅さ」もしくは「静寂」、その中のちょっとした「ユーモア」、あるいは伝統にラディアルに対峙する「クールな前衛」(例えばラビレット公園)、加えて最近では、West8、エンリケ・ミラーレスお得意のシニカルな子どもっぽさ(あくまで戦略的な)、巧みに「自然」を装う素朴さ(これも戦略的)、といった流儀が、判り易いメッセージを発しているのが常である。しかし、ジェンクスのこの庭は、そのいずれにも当て嵌まらず、いわば、カルフォルニア流の乾いた造形的遊戯を徹底している。ジェンクス自身(カリフォルニアをひとつの拠点としつつ)、グローバルな視野を持ち、ランドスケープや庭園史という狭い世界の系譜など殆ど意に介さず、広くデザイン(造形)や、より大局の世界の中にこの庭を置いていることは明らかである。
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この庭は、秩序を持つとも持たぬともおぼつかない、宇宙の塵の断片のようなアイデアが、広大な敷地の中に大小様々なスケールで散乱しており、回遊する人々は、収束点が見えないままに個々のアイデアの豊かな表情を、ただ純真無垢に愉しむしかない。それを可能にするのは、確かにジェンクスの優れた構想力と造形力であろう。素材やディテールの荒っぽさ、過度に洗練されない形態は、むしろ心地よく全体の勢いに回収されている。多少に不可解なロジックであっても、強烈にユニークなフォルムの数々が、子どもに還ったように、思わず丘を駆け上がり、次の仕掛けを期待して森の中に足を進めて行ける。これは、極めて現代的な、そして同時に根源的な「庭」である。
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そしてやがて、ふとした瞬間に我に返れば、この不思議と柔らかい雰囲気を持った庭の延長に、雄大なスコットランドの田園風景が確かな存在感で現前していることに気がつく。この一見不揃いで相互に無秩序な、ジェンクスの仕掛けた思考の断片の数々は、この雄大なスコットランドの環境の中に柔らかく包まれて、ある一定の全体感(宇宙)を体現してしまっている。おもちゃ箱をひっくり返したような、極限のエントロピーのような印象を和らげるのは、周囲の木々、土、丘、水などが、より寛容な力をもった原初的な風景として、優しく、そしてさり気なくジェンクスの思考の欠片を包み込んでいるからに違いない。
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グローバルな視点に、ユニバーサルな思考をもつジェンクスの、重力から解放されたようなコスミックな造形が、スコットランドの田園の中に着地し、その周囲の瑞々しく雄大な自然環境に依存しながら戯れている、そんな庭である。
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(yng)
# by mindscape-ltd | 2008-08-29 17:28 | travel


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